大阪地方裁判所 平成元年(ワ)7695号
原告
武川文一
右訴訟代理人弁護士
土屋公献
同
高谷進
同
鶴田進
同
根本純子
被告
塩野義製薬株式会社
右代表者代表取締役
吉利一雄
右訴訟代理人弁護士
藤井栄二
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、金六九七万八三一〇円及びこれに対する昭和六三年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が雇用契約に基づき未払賃金及び賞与の支払を求めるとともに、被告の就労拒否により昭和六二年一一月一四日限り退職を余儀なくされたとして解雇予告手当及び退職金の支払を求めている事案である。これに対し、被告は合意解約により未払賃金、解雇予告手当の支払義務はなく、賞与及び退職金も支払済みであるとしてこれを争い、他方、原告は右合意解約の申込の意思表示は被告が受諾する以前に撤回したから不成立であること、或は強迫による取消等により無効であるとして再反論し、更に被告は仮に意思表示の瑕疵等があったとしても、原告が追認した旨を主張している。
一 争いのない事実
1 原告は昭和三八年二月一日頃、製薬を業とする被告に雇用され、被告研究所の研究員として稼働してきた(以下、本件契約という)。
2 原告の退職時の給与月額は、能力給四九万二〇〇〇円、調整給一万三五〇〇円の合計五〇万五五〇〇円であった。
3 被告の就業規則によれば、従業員を解雇する場合には六か月前の予告を要し、無催告解雇する場合には六か月分の給与を支給する旨を規定している。
4 原告は被告から、<1>賞与として同六二年七月に四九万二〇〇〇円、同年一二月に少なくとも九万二四九〇円、<2>退職慰労金として四九万二〇〇〇円の支払を受けた。
5 原告が同年九月三〇日限り被告を退職したとすれば、同年七月の賞与及び退職慰労金は右支払金額となり未払部分はなく、同年一二月の賞与は被告主張の一〇万円である。
二 争点
1 原、被告間で、同六二年三月二四日、本件契約を同年九月末日限り、合意解約したか否か(合意解約の意思表示の撤回の有無を含む)。
2 合意解約の過程に強迫、詐欺、虚偽表示該当事由があったか否か(原告の追認の意思表示の有無を含む)。
3(1) 未払賃金(同六二年一〇月一日から同年一一月一四日までの分)及び解雇予告手当(六か月分)請求権の有無。
(2) 賞与、退職慰労金未払部分の有無。
第三争点に対する判断
一 未払賃金及び予告手当の有無(合意解約、強迫等)
前記争いのない1の事実と証拠(<証拠略>、原告本人の供述)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
1 原告は、昭和三八年二月、被告に就職したが、同六三年一二月二日付で満六〇歳の定年により退職予定であったところ、同六〇年一〇月頃、東京理科大学の教授候補となり、文部省の教員資格審査に必要な論文を作成することになった。そこで、原告は被告に対し、論文作成に不可欠な研究、実験等の許可を申請したところ、被告は主に原告の将来を配慮してこれを許可し、実験室、同機器、試薬等を供与した。
2 しかるに、同六二年二月中旬頃、原告は被告に右就職が困難になった旨を連絡してきたので、平井瑛三被告研究所総務部部長(以下、平井部長という)と遠藤建同研究所総務部次長(以下、遠藤次長という。両名を遠藤らという)は、米野太一郎取締役同研究所長(以下、米野研究所長という)の指示により、同年三月一二日、研究所の応接室で原告から事情聴取を行った。原告は右経緯を説明したうえ、今度は東京理科大学の付属機関として設立が予定されている生命化学研究所に就職予定であるから、従来どおり論文作成のための研究を続けたいこと、仮に転職が無理の場合には定年まで被告に勤務したい旨を述べた。これに対し、遠藤らは原告に対し、本来、被告は個人目的の研究等を許可しないのが原則であるとの観点から、原告のために今回に限り特別に許可し、種々の便宜を供してきた旨を説明した。加えて、社内には被告が原告のために右研究の便宜を図ったことに対する批判があった。そこで、遠藤らは「転職が駄目になったから定年まで勤務したい」というのは原告の身勝手であると判断し、原告の反省を求めたうえ退職を勧告するとともに、教授就任が困難になった右経過を米野研究所長に説明し、その指示に従うべき旨を勧めた。これに対し、原告は、生命化学研究所への転職が秋頃になること、即座に退職すると就職浪人となり転職の際に不利であるから、秋頃まで在職したい旨を希望した。しかし、遠藤らは被告が右原告の希望を容認するかどうかを疑問に思い、とりあえず原告に対し、同年九月末には退職するとの退職願と右要望を記載した書面を翌一三日午前九時までに平井部長に提出するように指示したところ、原告はこれを承諾した。
3 ところが、同年三月一三日、原告は米野研究所長宛に同月一二日付文書を直接提出した。同文書には遠藤らの退職勧告を納得できないとの趣旨が記載されていた。そこで、遠藤らは原告に前日の約束と違う旨を詰問し、文書の内容の一部を口受して退職願の作成を促したところ、原告が遠藤らの前記指示に従った同日付文書を作成したので、平井部長は同文書の一部修正と同月一六日までの再提出を指示した。
4 しかして、同年三月一六日、原告は被告に対し、同年秋頃には化学研究所研究員として着任できる予定であること、原告の処遇については米野研究所長に一任するが右事情を配慮願いたいこと等を内容とする書面と希望退職日を九月末日限りとする退職願(作成年月日、最終出社日、退職理由等は未記入)に署名捺印して提出した。そこで、米野研究所長は小河泰二人事部長(以下、小河という)と協議して原告の退職願を受理し、<1>右退職の申立を受諾し、原告を同月三〇日から同年九月末日まで自宅勤務とすること、<2>給与として能力給、調整給を従来どおり支給すること、<3>役職給を不支給とすること、<4>夏期賞与は休職に準じて能力給の一か月分とすること等を決定した。
5 右経過を辿り、同月二四日、遠藤らは被告研究所の応接室において原告と面談し、被告が原告の退職を承諾すること及び右処置の決定を告知し、原告との間で最終出社日を同月二七日とすることで合意した。その際、遠藤らは前記退職願の前記未記入欄の記入を求めたところ、原告は自ら作成年月日を同月二四日、最終出社日を同月二七日、退職理由部分を「一身上の都合による」等と各補充したうえ退職願を異論を唱えずにこれを提出したので、遠藤らはこれを受領し、間もなく原告の直属長である平井部長、米野研究所長(兼取締役)、遠藤次長、小河人事部長等が順次決済印を押した。そして、原告は同月二七日までに受領済の通勤交通費三か月分(約二万五〇〇〇円)と年次有給休暇証を被告に返還し、研究所の役付者会から餞別金三万円の交付を受けるとともに部屋の私物を完全に撤去して退職願記載のとおり同月三〇日から自宅勤務に入った。
6 ところで、被告は、従業員の退職の諸手続を退職予定の一か月前から実施している関係で、原告についても同年八月末頃、雇用保険被保険者資格喪失届等を原告に送付するとともに、人事部で保管中の原告の退職願(決済手続を終了)に基づき、同年九月四日に退職連絡票と退職辞令を作成し、退職願記載の希望退職年月日である九月末日頃原告に交付する準備をしていた。ところが、原告は、前記退職手続、自宅勤務の条件(給与及び賞与等)につき全く異義を述べていなかったにもかかわらず、同年九月上旬頃に至り、右雇用保険関係の書類とともに「遠藤らの原告に対する処置につき代理人と相談しており、現在では法の判断を頂いた時点で従えばよいと思っている」旨の書面を送付してきた。そこで、同月九日、遠藤次長は原告に対し、その真意を確認すべく架電したけれども、事情聴取を拒否された。その際、遠藤次長は原告が国立循環器病センターで受診している旨を知り、健康状態が悪く精神的にも不安定なときに退職手続を進めるのは原告に酷と考え、人事課に指示して円滑な話し合いができるまで、原告の退職手続を一時中止した。しかし、原告から提出された同年一〇月九日付診断書中に「日常生活を制限する必要を認めない」との記載があったことから、人事課は再び原告の退職手続を進めることにした。
7 ところが、同月一四日に至り、原告が研究所の元上司永田亘取締役(以下、永田という)宛の同年九月一一日付手紙で、「遠藤らに退職願及び米野研究所長宛の書簡の提出を強要された」として、その返却を求めていることが判明した(海外出張中の永田が帰国したのは同年一〇月一四日であった)。そこで、遠藤らは原告の真意を確認するために架電したが連絡をとれず、原告も出社要請に応じなかったので、遠藤次長が原告宅を訪れ面会を求めた。しかし、原告がこれを拒否したことから、遂に被告は原告に対し、同年一一月一三日付で前記辞令を郵送した。その後、原告は同六二年一二月一五日、同年九月三〇日付退職を前提とする退職金慰労金四九万二〇〇〇円を異義を唱えずに受領した。
8 合意解約の成否
右1ないし7認定の事実によれば、原告は被告に対し、昭和六二年三月一六日に同年九月末日限り退職する旨を申し入れたところ、被告は同月二四日までに右申し入れを承諾することを決定し、同日原告にその旨を告知したのであるから(従って、同時点で合意解約の申込の撤回は不可能)、原告と被告は、遅くとも同年三月二四日、本件契約を同年九月末日限り合意解約したものと解するのが相当である。
9 意思表示の瑕疵等
合意解約の経過は前記認定のとおりであって、その過程で原告を畏怖させる程度の害悪の告知等、欺罔行為、虚偽表示に該当する事実を窺うことはできず、他に同事実の存在を断じるに足りる証拠もない。
もっとも、原告は「同六二年三月一三日頃、遠藤らが机や原告の肩を叩いて退職を強要した。退職願や詫び状を被告に退出すれば、遠藤らがうまく取り計らってやるといった」旨を供述し、(証拠略)にも一部これに副う部分があり、遠藤次長も「何故約束したとおり平井部長宛の文書を持参しないのかと言葉の調子も荒々しくなって机を叩いたことがあったかも知れない」旨を自認している(証拠略)。
確かに、遠藤らは原告を叱責した際に机や原告の肩を叩く程度に興奮していたことは窺うことができるけれども、当該行為の具体的態様・程度は原告本人の供述等の前掲証拠によっても曖昧、不明確であるのみならず、原告は東京理科大学の教授候補とされ、論文も国際的な雑誌に掲載される等の実績があり、相当の教養、見識、事理弁識能力を有する熟年であるのに、「強迫等」を受けたとされる同年三月一三日以後である同月一六日に退職願に署名捺印し、更に同月二四日に作成年月日欄、退職理由欄を自ら記入して退職願を提出し、その後、約五か月を経過した同年九月上旬まで退職につき異議を全く唱えていなかったのであるから(前記認定の事実、原告本人の供述、弁論の全趣旨)、右経過に照らすと、原告の退職の意思表示に瑕疵があったものと断じることは困難である。
この点につき原告は「昭和六二年四月一日から国立循環器センターに行って、主治医から検査を受ける同年九月三日までは血圧の変動を生じるようなことはしてはいけないといわれていたから、被告側に退職につき直ちに抗議しなかった」旨を供述しているけれども、思慮分別を有する原告が自己の退職という重大な事項につき強迫等がなされたとした場合に、これを長期間に渡り放置するのは不自然・不合理であるから、右医師の勧告により原告が遠藤らの行為につき何ら被告側に抗議行動をとらなかったという供述部分は信用できない。
また、前記の「退職願や詫び状を被告に提出すれば、遠藤らがうまくとり計らってやるといった」という原告の供述部分は、反対趣旨の(証拠略)に照らし、にわかに信用することができない。
10 そうすると、原、被告間の本件契約は昭和六二年三月二四日付の合意解約により同年九月末日限り、有効に終了しているから、原告は未払賃金(同年一〇月一日から同年一一月一四日までの分)及び解雇予告手当請求権を有しないことが明らかである。
二 賞与、退職慰労金
前記説示のとおり、原告は昭和六二年九月末日限り、被告を退職したのであるから、前記争いのない事実と(証拠略)によれば、原告は賞与及び退職慰労金につき全額受領済みであり、未払部分はないことになる。
三 よって、原告の請求は理由がないので、主文のとおり判決する。
(裁判官 市村弘)